人がモノを増やしてしまうメカニズムがとても興味深い

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ぼくたちに、もうモノは必要ない。 – 断捨離からミニマリストへ –の中で書かれていた、人がモノを増やしてしまった原因、人がモノを増やしてしまう仕組みがとても興味深い内容だったので紹介します。

なぜ、モノを増やしてしまうのでしょうか?

慣れという毒

部屋に飽きる。服に飽きる。引っ越しをした時は、住みたかった街への憧れや、新しい何かが始まる予感がしてドキドキする。しかし、長い間住んでいると部屋の狭さや街の憧れが薄れてしまって、不満が募っていく…

新しく買ったお気に入りのジャケットを着ると、背筋がシャキッとして鏡に映る自分の姿を見て嬉しい気持ちになるでしょう。しかし5回も着ると「慣れ」てしまい次第に喜びは薄れていきます。10回も着れば、ジャケットは新しいモノではなく、「当たり前」にクローゼットの中にあるものに。50回も着れば、「飽き」てしまうかもしれない。

「慣れ」から始まり、次第に「当たり前」になり、「飽き」というネガティブな感情に行きつく。

モノは変わらないはずなのに、「慣れ」➡「飽き」という仕組みがあるせいで、不満を募らせ、不幸を感じてしまうそう。

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新しいモノを求めてしまうわけ

今住んでいる部屋や持っているモノは、かつての自分が欲しいと思ったモノです。しかし、人はそのモノを持っていることにいつしか慣れてしまい、飽きてしまう。

そこで、別の「刺激」としての新しいモノが欲しくなる。

もっと大きい刺激として、より高価なモノが欲しくなる。刺激の量を増やしたくて、モノの数を増やし続けてしまのです。しかし、この新しいモノにも「慣れ」➡「飽き」の負のサイクルが働くことによっていつまでも満たされることがないので、また別の新しいモノに手を出す。

新しいモノに手を出す➡飽きる➡また新しいモノを求める…

慣れ➡飽きという仕組みによって、ぼくたちは常に新しい刺激を求めてモノを増やし続けてしまっているということです。

人間の感情には限界がある

1万円の指輪、5万円の指輪、30万円の指輪を手に入れた時に感じる喜びは大体同じだそうです。

5万円の指輪が1万円の指輪をもらった時の5倍嬉しいわけではありません。喜んだ笑顔の口角が5倍に上がるわけでも、喜びの笑顔が続く時間が5倍になる、なんてことはありません。

人の感情はどこまでいってもたかがしれている。モノの価格には限界がないが、「人の感情には限界がある」のだ。

もし、5万円の指輪の喜びが正確に1万円の指輪の5倍あったとしたら、お金モノでぼくたちは幸せになれたのだ、こう佐々木さんは言います。

また、喜びがモノの価格に対して比例しないように、モノの機能も価格に比例しない。

1万円のダウンジャケットと2万円のダウンジャケットを比べた時に、2万円のダウンジャケットの方が2倍温かいということはありませんよね。

慣れ➡飽きの永遠のループにハマってモノはどんどん増えていく。

モノを増やした所でいつまでたっても満足できない。

モノを増やしてもあなたが幸せを感じられないのは、こんな仕組みが働いているからだったんです。

モノで「自分の価値」を表現しようとしているから

何の目的のために、たくさんのモノを持とうとするのか?

それは「自分の価値を伝える」目的だ。ぼくたちは自分の価値を、モノを通して誰かに伝えようと懸命なのだ。

高価な車や家。高級ブランドのバッグや服など。

「ぼく(私)はこれを所有できるほどの価値のある人間なんだ」と自分の所有物である「モノ」を通して自分の価値を伝えようと必死なのだ。

体にピッタリ合ったスーツに、ピカピカに磨かれた革靴、腕には複雑で精密な腕時計を身につけ、外車を乗り回していれば、お金を持っていて、そのお金を稼げるだけの仕事をする能力があることが周りの誰にもわかりやすく伝えられます。

かし、「自分の価値」を伝える目的に、あまりにも重心を置きすぎているとモノは増え、問題を引き起こしてきます。

モノを「自分の価値」を伝える手段にしていると、モノはどんどん増えていく。増えれば増えるほど「自分の価値」が伝わりやすくなるのだから当然だ。

しかし、増えたモノは次第に「自分の価値」を伝える手段ではなく、「自分の価値」という目的そのものになってしまう。そう佐々木さんは警鐘を鳴らしています。

モノは道具でしかない

昔に遡って考えると、モノはそもそも道具で、石器や土器のように本来はその機能のために使われていました。やがて社会全体が豊かになると、モノが違う目的で使われるようになっていった。

人間の深い欲求である「自分には価値がある」と確認する目的です。

誰かに認めてもらうことで、ぼくたちは「自分には価値がある」と認識することができます。「自分の価値」にはパッと見てわかる外見の他に、内面の価値があります。

内面の価値は非常に伝えにくく、伝えるのにも時間がかかってしまう。モノを通して内面の価値を伝えた方が圧倒的にわかりやすく、早い。しかし、その便利さに依存しすぎると、多すぎるモノに囲まれることになってしまいます。

ぼくたちは今一度、モノに対する向き合い方、モノとの付き合い方を考えるべき必要があるでしょう。

モノ自体に良し悪しはありません。モノは「道具」でしかありません。ぼくたちの生活を豊かにしてくれるものです。

誰かの目線のためにある「モノ」ではなく、自分にとって必要なモノだけを持つことがとても大事なことだと感じます。

まとめ

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 – 断捨離からミニマリストへ –の中で紹介されていた「人がモノを増やしてしまう仕組み」についてでした。

モノを減らしたい。断捨離したい。多くの人が感じているはずなのに、実際に断捨離に成功した人が少ないのは何故か?

慣れ➡飽きという仕組みがあることによってぼくたちはどこまでいっても「モノ」で満足感を得ることはできない。

「自分にとって必要なモノ」だけを持つようにすれば、周りや他人の目を気にしたモノの買い方は減るだろうと感じました。

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