主体性は教えられるか。主体性について考えるきっかけになった

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「主体性は教えられるか」を読んで。

著者:岩田健太郎さん。

指示されたことはできるが、自分自身で考えて行動することができない。

「どうしたらいいと思う?」と聞かれると何も答えられない。または、答えが返ってこなく沈黙が続いてしまう・・・

自分のビジョンや考えがはっきりしている時は、自分で考えて行動することができるが、はっきり定まっていないと「どうすればいいかわからない・・・」という人は多い。

主体性はすべての人が持っているものではないと感じます。

もし、相手が主体性に欠けると感じた場合、主体性を教えることは可能なのだろうか?

本書のテーマは「主体性」は教えることができるかです。

主体的であるとは、他者の言動に規制されないという意味である。他者のまなざしから自由であるということである。

主体的とは、他者の言動ではなく、自分で考えて自分の意思で行動することです。

「お前には主体性が欠けている」とフィードバックを返して、「はいはい、ではあ

なたの目から見て、主体的であるように改善します」と答えるのは、すでに他者の

視線を基盤に行動を決めているので、そこにはすでに「主体性」は存在しない

岩田氏は言います。

日本における学校教育の問題点

日本は他国と比較すると主体性の欠如、思考停止状態が非常に際立つと岩田氏は指摘ています。

主体性の欠如の原因はどこにあるのでしょうか

主体性の涵養という点に限定すると、日本の教育の在り方には問題があるのではないかと岩田氏は考えている。

日本の学校教育は小学校から高校卒業まで、「いかに正確に、大量咀嚼し、それを正確に迅速に吐き出すか」という点に主眼を置いて行ってきた。これは・・・(中略)

ターゲットとする教育項目を正確に「そのまま」飲み込み、「そのまま」吐き出すことができる生徒・学生は優秀とされ、正確に飲み込めない、あるいは正確に吐き出せない生徒・学生の能力は劣ったものと評価される。

教師が教えることを忠実に理解し、行うことができる生徒・学生が評価される。

しかし、そこには他人の考えや言葉を鵜吞みにしているだけなので

「主体性」は存在しない。

主体的に学ぶとは、自らが自分の意志で学ぶことです。

思考停止に陥ることなく、「ほんとうにそうだろうか」と前提を疑い続け、考え続ける態度で学ぶこと。

ああでもなく、こうでもなく、と試行錯誤を繰り返し、誤謬(ごびゅう)を重ねなが

ら、正解の見えない正解を模索していくのが、主体的に学ぶことであると岩田氏は

言います。

フィンランドの教育

よく、日本ではフィンランドの教育が喧伝されるそう。

フィンランドはPISA(OECDの学習到達度調査)で高得点を得ています。

だから、フィンランドが日本で注目されています。

しかしフィンランドの教育が評価されているのは、決してPISAで高得点を出したからではありません。

注目すべき点はフィンランドがPISAで高得点を取っていることではなく、そこで何が行われるているかであると岩田氏は指摘しています。

フィンランドでは教育内容や教育方針を教員が自分の裁量でかなりの程度決定して

よいのだそう。

フィンランドは1992年に教科書検定を廃止し、1994年には国家による規制を大きく緩和しています。

教育方針の決定権を地方自治体や学校に与えたのです。

それは、現場の教師の専門性に対する敬意がなしえた業であると岩田氏は感じている。

文科省が学習指導要領を廃し、「ゆとり」か「詰め込み」かという不毛な議論も止め(そんなことは現場が決めればよいことだ)、役所やメディアや親が現場の教師に敬意を持って「お願いします」とゆだねることが「主体性」涵養への必要条件である(ただし、十分条件とは限らない)。

確かに、日本では教師に対する敬意はあまり感じられない。

現場に立っている教師が子どもたちの気持ちや感情を最も理解しているのではないだろうか。

フィンランドの教育のように現場の教師にゆだねることで「主体性」を育てることができるかもしれない。

しかし、現実的には難しいだろうという印象を持ちました。

教育の目的とは何か?について、私たちは改めて考える必要があるのかもしれません。

手段と目的を間違えないこと

試験はあくまでも手段であって目的ではない。

本来の教育の目的は、試験で高得点を取ることでもなければ、大学受験に合格することでもないはずです。

自分で考える力、自分の将来を切り開いていく力を養うことだと僕は思います。

社会に出れば、答えが用意されているケースは稀です。

答えを与えずに「自らの意志で考える力」を幼い時期から育てていくこと。

自分の頭で考えて答えを見つけることを、何度も繰り返し繰り返し行うことが必要ではないだろうか。

「主体性」を育てるためには何よりも自分で考えさせることが大事であると感じました。


🔴まとめ

岩田健太郎さんの「主体性は教えられるか」

結局、主体性は教えられるのか?ですが、難しいなというのが、本を読んだ僕の感想です。

言葉で説得するのは簡単ではないし・・・

しかし、時間をかけて向き合っていけば教えることはできると思います。

学校で主体性を育てることは、今の状況ではあまり期待できないでしょう。

ならば、家庭の中で「主体性」を持たせるように働きかけることが大事になってくるのかもしれない。

本書に答えは提示されていませんが、「主体性」について考える大きな切っ掛けになりました。

難しい内容のテーマであり、考えさせられることが多かったです。

主体性って何なの?

という疑問を持っている人・知りたい人にオススメです。