自主性と主体性の違いとは何か?

シェアする

自主性、主体性という言葉をよく聞きます。

特に、現代社会においては主体性の方が重要視されており、ビジネスの現場においては主体性が常に求められています。

自主性・主体性とはそれぞれどのような意味なのか?

自主性と主体性の違い

自主性

人から言われたことを率先してやること。

「何をすべき」かは明確であり、それに率先して取り組むことができることを

指す。

主体性

何をするかをそもそも自分で考えること。「何をすべき」かがそもそも不明確。

状況を判断し、その場に適した行動を自らの責任ですること。

主体性を持って行動するとは、責任を伴うことである。

似ているようで、その意味は全く異なります。

自主的に生きている人は何か問題が起こったときに

「会社のせい」や「親のせい」「上司のせい」など。周りに原因を求めます。

それは自分で考えて行動したことではないからです。

主体的に生きている人は、何をするにも全て自分自身で考えて行動する。

その為、たとえ問題が起こったとしても、自分の責任として捉えることができる。

「上司に言われたから」「親にこうしろと言われたから」といった他人の意見では

なく、自分の考えで行動に移すことができるのです。

他人の言動と自分の選択を切り離して考えている。

主体的に考えることによって私たちは「自由に生きる術」を獲得できるのではないでしょうか。

自主性よりも主体性を育てる教育が必要だと言われている理由はここにあるのではないかと感じます。

主体性を育てることが必要。

では主体性を持つにはどうすればいいのか?

僕はずっと考えていました。

岩田健太郎さんの著書である「主体性は教えられるか」の中で、こんなことばがありました。

覚えた仕事を定型的に繰り返すことはできる。しかし、自分の力で問題を見つけだし、その問題と取っ組み合い、問題に関する自分自身の見解を持ち、そして自ら問題解決に迫るという活動は全く苦手である。

引用:主体性は教えられるか

自分の力で問題に向き合い、どう解決すればいいのか?といった行動が

主体性がない人には欠けているものである。

全く同じケースはない

問題が生じた時に、過去の事例を適用する場合が多いですが、全く同じケースは存在しない。

一見、同じに見えていてもそこにはわずかに違いがある。

AとBの違い。両者を区別することは、過去の事例にすがるのではなく、目の前の患者を診、そして判断を下すよりほかにない。AのときにはなかったBの特徴を見出すよりほかない。患者の問題がどこにあるのか、自らの力で「主体的に」考えなくてはならないのだ。

引用:主体性は教えられるか

医療の現場に携わる著者が、医療現場で感じたことが書かれています。

しかし、主体性が必要な場所は医療の現場だけに限らず、どのビジネスの場所においても求められるものです。

主体的であるということは思考停止に陥らないことを意味していると岩田氏は考えます。

これが全てではないかもしれないですが

思考停止に陥っているときに、「主体性」は存在しえないと。

思考停止に陥らないという意見にはすごく共感しました。

主体性とは何かという答えがわかった気がします。

主体性を持つためには思考をフル回転させて、考え続ける必要があります。

思考が働いてない状態、つまり思考停止状態では考えることはできません。

主体性を持つということは、他人の問題を自分事として考え

「自分だったらどう対処するだろうか?」

「自分だったらどう行動するだろうか?」を常に考えておくことが大事であると言えるでしょう。

今、何が起きているのか。何が必要なのか?

今できる最善策は何か?を常に自分自身の頭で考えることが主体性を持って行動するということなのではないだろうか。


🔴まとめ

主体性を持つとはどういうことか?

僕自身の考えと本の言葉を引用して説明していきました。

常に僕が主体性を持って行動しているか?と言われるとそうではないですが、考え

ること・本を読んで調べることで考える癖をつけることができる気がします。

シェアする

フォローする